死んだらダイヤモンドになる約束

夫と話して約束していることの一つに、わたしが死んだら遺骨をダイヤモンドにしてもらう、ということがあります。

あと、夫が先に死ねば夫の遺骨をダイヤモンドにさせてくれということも。

つまり、先に死んだ方はダイヤモンドになって、さらに指輪だかネックレスだかアクセサリーにして側にいようよってことです。

わたしはお墓に入るのが嫌だし(暗いしジメジメしてそうだし…)、かと言って自然に回帰したい想いもないので、死んだらキラっと光るダイヤモンドになりたいのです。

夫は「ちなつちゃんと同じにする」とかわいいことを言う人なので、ふたりでそういう約束をしています。

先日資料も取り寄せました!

ちなみに後から死んだ方も同じようにダイヤモンドになって、ふたつのダイヤをセンスのいい時計かフォトフレームに埋め込んで、辛気臭くない感じで残そうと思ってます。

少し前まで、大切な人が死んだら…と急に不安になってはお風呂で号泣しちゃうような不安定な精神とともに生きていたのですが、これではいけないと思いました。

「死んでもあなたの胸の中に生き続けるわ」
「思い出の中にあの人はずっと生きてるんだ」

みたいなセリフを映画なんかで見ると

きれい事やな~、死んだら死んでしまうんだよ。それでおしまい。残された方はつらい。だから先に死にたい。

と思っていたのですが、あれこれと人が死んだ時の心の訓練・勉強をしているうちに、上のセリフが真理なのかもしれないと思うようになりました。

まだそんな風には思える段階にはいないのですが、今目に見えるもの以外も見える目を磨いていこうと思っています。

それを考えていると、自分が死ぬことについても考えます。それであれこれ考えていた結果、ダイヤモンドになることにたどり着きました。

人より秀でてなんかいないけど、それなりにわたしだって尊いし、最後にキラっと光るにふさわしい人生を送らねばと思います。

遺骨からダイヤモンドには物理的にならない!みたいな反論もあるらしいですが、ぶっちゃけそれはどうでもいいというか(笑)

別に骨にこだわりないんですよね、ダイヤモンドにも。そこに相手を感じやすいか、自分を感じてもらいやすいか、ってことが大事なんです。

それにダイヤモンドってうってつけじゃない?と思ったのです。

一般的な方法じゃないので、資料やら資金やらしっかり残して(墓買うより安い)、どうすればいいの?と困らないようにしておかないとですね!

わたしが死んでも、夫が死んでも、いつまでもめそめそしないですむ準備はできるだけしていきたいなあと思うこの頃です。

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