平成の実験台

平成の世に生み落とされたゆとり世代。

わたしもそのうちの一人です。

 

わたしが小学校低学年の頃、土曜日は毎週お休みになり、道徳の授業が始まりました。

ゆとり全盛期は約十年間続き、その試みの真っ只中に育った平成初期生まれのわたしたちは、平成の実験台、人間モルモットです。

 

これだから、ゆとりは。

 

お約束のような台詞が流行った期間は短くありません。

「ゆとり新人の育て方」

なんてゲームの攻略本のような本が売れたりもしました。

本当、なんだと思っているんでしょうか。

 

現在、さとり世代と言われる勢力がゆとり世代を平成の代表の座から引きずり下ろそうとしています。

もはやゆとり世代は過去の産物。失敗作として処理されかけているのです。

 

ゆとり世代は我慢が足りない。

意気地がない。

夢みがちである。

自分本意すぎる。

 

偉い人たちはわたしたちをそう分析します。

実はその分析もあながち間違っていないのでは、と思っています。

わたしは我慢が足りない方ですし、意気地なしで、重度の夢みがち。自分本意については言わずもがなです。

それもこれも、ゆとり政策がかかげた個人の尊重の成れの果といったところでしょうか。

 

でもわたしは、なんだかんだゆとりで育ったことが嫌じゃありません。

 

国民的アニメや漫画を見ればわかるように、愛されるのはいつだって失敗作の落ちこぼれ。

手のかかる子ほど可愛いと言うではありませんか。

 

これぞ、ゆとりの持ち味。

なんだって自分の都合のいいように、屁理屈こねさせてもらいます。

 

さあ、そこのけ、そこのけ。

ゆとり世代が、通ります。

 

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