神様の貴重なアドバイス

 「おい、おまえ。おまえだよ、おまえ」

 念願叶って入社した一流企業を半分ばっくれる形で退社してから、はや一週間。怠惰な生活を送っていたわたしに、テーブルの上の枯れた花が声をかけてきた。

「なんで花が喋るの」

 わたしはベットから身体を起こさずに声を出した。ああ、わたしついに頭がおかしくなってしまったんだ、と思いながら。

「花だけど、花じゃない。私は神だ。おまえに文句が言いたくて、この花に一時的に宿っている」

「神?なんでわざわざそんな枯れた花なんかに」

「命があるものにしか宿れないからだ。おまえの汚い部屋で生きているものといえば、この枯れた花かキッチンのコバエしかいなかった。苦渋の選択でまだギリギリ生きているこの花を選んだ」

 神というのはもっと厳かなものかと思っていたが、そのへんのおっさんみたいである。だからわたしは、それ相応の対応をすることにした。

「で、その神がわたしになんの文句があるの」

「おおいにあるぞ。それよりいい加減そのだれきった身体を起こして、せめて座ったらどうだ。神である私がわざわざ出向いているというのに」

「ええ。それを求めるなら、もっと神らしくしてよ」

「なんてやつだ。神がいち人間の元に出向くなど、まれ中のまれなことなんだぞ」

「別に呼んでもいないのに」

 神は、はあ、とため息をついた。

「もういい。とにかくおまえにはがっかりしたぞ。学力もコミュニケーション能力も、素晴らしい大学生活の試みもさしてなく、容姿が優れているわけでもないおまえにもったいなさすぎるくらいの職を与えてやったのに、ちょっと失敗したくらいですぐ辞めおって」

「えっ。まぐれで入社できたと思ってたけど、あんたのおかげだったの」

 それにしても、失礼な神だ。

「あんたとはなんだ。私は神だぞ。おまえの人生勝ち組のレールに乗りたいという野望だけは、誰よりも強くて気にいったんだ。それで目をかけてやればこのざまだ。たった三カ月しかいなかったおまえなどに、わざわざお疲れ様と花を持ってきてくれた上司に申し訳なくはないのか」

「ちょっと申し訳ないけどさ。そんなわたしすら受け入れてよ。神でしょ」

「神をなんだと思っている。便利なキープくんに対するような台詞を吐くな」

 この神はわたしにわざわざお説教するために天からやってきたんだろうか。だとしたら、暇すぎるだろう神って。働かないわたしを怒る前に、もっと働いて恵まれない子どもとかを助けるべきだろう。

 そう思ったが、言わないことにする。もっと小言が増えそうだもの。

「じゃあ、わたしはどうしたらいいんですか、神様」

 いい加減、優雅なまどろみを取り戻したい。早くどこかに行って欲しくて、わたしは神にきいた。

「よし、教えてやろう。おまえの上司はまだ退職願を上に通してはいない。気が変わって、戻ってくるんじゃないかと思ってるからだ。上司は昨日の夜、戻ってこないかとメールを送っている。でも、おまえはそれを開きもせずに無視しているな。このままだと上司は諦めて今日の終わりに退職届を上に提出するぞ」

「それまじ?」

 上司かっこよすぎないか。あの人、いい人だったもんなあ。家まで花を持ってきたのは引いたけど。

「まじもまじだ。だから、今上司に電話をかけろ。おまえだって勢いで辞めてしまったこと、少しは後悔しているだろう」

「そりゃそうだけど……。でも、正直言ってめんどくさい」

 神はやる気のないその言葉に怒り狂ったようだ。

「なんと、嘆かわしい!おまえと話しているとかっかしすぎてしまって、この花のわずかな水分を蒸発させてしまいそうだ!」

「そう言われても……」

「ああ、おかげでこの花の命ももう持たない。おまえがあの会社で頑張れば、ナイスな男とアモーレの末に結ばれる未来もあったというのにな!それこそおまえの望んでいた勝ち組というやつだと思うが……」

 わたしはそれを聞いて飛び起きた。布団がばさりと床に落ちる。

「その未来、本当!?」

 叫びながらテーブルに駆け寄り、枯れた花に顔を思いっきりくっつける。

「ねえ、本当?その未来、絶対!?」

 わたしの様に気おされたのか、花の命がもういよいよなのかわからないが、神は小さい声で「今後のおまえ次第ではあるがな」と言った。

「わかった。すぐ上司に電話してみる!」

 神から返事はなかった。わたしは花を引っつかんで振ってみた。やっぱり返事はない。どうやら、最後の水分もなくなってしまったみたいだ。

 いいや、そんなことに構っていられない。

 枯れた花を片手にぐしゃぐしゃのベッドから携帯を探し当て、上司の番号を呼び出す。三コールもせずに、上司が「で、どうする?」と電話に出た。わたしは、それはもう、はつらつと言った。今までの人生で一番大きいんじゃないかってくらいの元気な声で。

「あの、やっぱりわたしもう一度頑張りたいんです!」

 神様が野心だけはあるひとりの女を、救ったかもしれないお話。

おすすめの記事