マツリ

 彼女の名前はマツリという。抑揚のつけかたはポプリやサプリと一緒。

 マツリは結構な美人だった。大人びた顔をしていて身長も高いから、高校一年生の癖に大学生に間違われたりすると言っていた。

 マツリは基本的にだるそうにしている。話しかけても返事は大抵眠たそうな声で「へえ」「ふうん」と言う。そして時折、寂しいような苦しいような表情をしてみせるのだ。彼女は自分の容姿のおかげでそれが『アンニュイ』で『ミステリアス』に映ることをわかって、そうしている。

 マツリはたまに頭がおかしい人みたいな行動をする。授業中にふらりと教室を出ていったり、全校集会でみんなが立っているのに一人だけ座ってみたり。

 クラスの大半は彼女のことを変な奴だと思って関わらないようにしている。だけど一部には密やかな人気がある。例えば写真部の中野くん。彼はマツリに恋している。そしてわたしもマツリに憧れている。

 入学式の日にはじめてマツリを見た時、絶対に彼女と仲良くなりたいと思った。でも普通の女の子達がやるみたいに「ねえねえ、一緒に喋らない?」なんて幼稚な声のかけ方をしたらきっと相手にしてもらえないとも思った。だからわたしは彼女の様子をうかがうことにしたのだ。彼女はクラスに友達を作ろうとは思っていないみたいだったから、わたしもそうした。

 チャンスはある日突然めぐってきた。二人組で調べ物をする授業でちょうどわたしとマツリが余ったのだ。

「余り物同士だね」

 マツリはだるそうだけど親しみを込めて、椅子を引きずってきたわたしに言った。

「福があるかもね」

 クールに返そうと思ったのに、なんだか年寄りじみたださいことを言ってしまったと思った。そんな自分が嫌になりかけたけど、なぜかマツリにははまったらしい。

「面白いね、岡島さんって」

 それからわたし達は友達になった。

 マツリには何でも見えていた。マツリの真似をして『アンニュイ』で『ミステリアス』を目指そうとしていたわたしに彼女は言った。

「無理してわたしみたいにしなくていいよ。普通にしてな」

 恥ずかしかった。自分のないやつだと思われたみたいで。だけどマツリは「かわいいんだから」とわたしの頭をぽんぽんと叩いた。

「わたしマツリみたいになりたくて」

「どうして?」

「なんかかっこいいから。大人って感じ」

 すると彼女は大笑いしながら、ふざけたようにこう言ったのだ。

「ああ、これはフリだよ。中身は全然お子様なんだから」

「嘘。どうしてフリなんかするのよ」

「こうしてると男の子の気をひけるから。あ、目のいい男の子ね」

 マツリは慣れた様子で片目をつむって見せた。わたしはやっぱり彼女はかっこいいと思った。

 

「なあ、岡島」

 夏休みに入る前日、中野くんに声をかけられた。

「なあに、どうしたの」

 答えながら胸がドキリと跳ねあがったのを感じた。中野くんはイケメンではないけれど、独特な雰囲気がある。ちょっと恥ずかしい表現だけど、色気ってやつなんだと思う。

「あのさ、頼みがあるんだ。夏休み明けのコンクールに出す写真を取りたいんだけど、モデルを探してて……」

 中野くんはちょっと照れたようにバックを何度もなでていた。きっとそこに大事なカメラが入っているのだろう。

 わたしはすぐにピンときた。マツリにモデルをやって欲しいと頼みたいんだ。同時に、反射的に胸を高鳴らせていた自分が少し惨めに思えた。

「いいよ、マツリに言っておいてあげる」

 わたしがそういうと中野くんは「えっ」と声をあげた。

「いいの?それより、話す前からよくわかったなあ」

 わかるに決まっている。わたしはしょっちゅう中野くんのことも見ていたのだから。彼がマツリをよく目で追っていたことも知っている。

「でもさあ、頼むくらい自分でやりなよね。甲斐性ないなあ」

 ちくりと痛む胸をごまかす為に明るく言うと、中野くんは困ったように頭をかいた。

「岡島の方が話しやすかったんだ」

「わかった、わかった。伝えとくから」

「よかった!じゃあ、さっそく明日の十一時に写真部の部室の前に二人で来れる?」

「二人?」

 わたしは聞き返した。

「うん。岡島達ってなんていうんだろう……。ほら、いい雰囲気してるから。絵になるっていうのかな」

「わたしも?マツリだけじゃなくて?」

「そうだけど」

「なんだ……てっきりマツリと二人で会いたいのかと思った」

 そう言うと中野くんはこっちがびっくりするくらいに真っ赤になった。

「そ、そんなんじゃないよ!」

 わかりやすい人だなあ、とわたしは思わず笑ってしまった。

「とにかく二人が撮りたいんだ!それだけだよ!」

「わかったってば。ねえ、中野くんって目がいいでしょ」

「目?いい方だけど……」

「マツリは目がいい人が好きなんだ」

 彼には意味がわからなかったみたいで、さらに困ったように頭をかき続けていた。

 中野くんと別れたあと、少し離れた場所で待っていたマツリのもとへ走った。

「なあに、彼といい感じなの?」

「残念ながら。でもね、わたしとマツリって絵になるらしいよ。だから写真を撮らせてだって」

「へえ。中野くんってなかなか目がいいんじゃない。よく見ればなんか彼、いい感じだよね」

「うん、そう思うよ」

 たぶんマツリと中野くんはこの夏休みで「いい感じ」になるだろう。

 わたしはマツリに憧れていて、そのマツリに中野くんは恋をしているわけで、わたしと中野くんの感性はとっても近いってことだ。

 たぶんマツリはわたしが中野くんを好きなことを知っていると思う。中野くんがマツリを好きなことも。

 だけど、マツリはとっても魅力的な女の子だ。そのマツリと二人で絵になるわたし。わたしにはもう、それだけで充分なんだ。

おすすめの記事