わたしは三浦が嫌いだ。

 わたしは三浦が嫌いだ。

 そして三浦もわたしが嫌いだ。

 このふたつは、間違いなく真実である。

 これは大変な悲劇だと言える。

 だってわたし達は、長年の親友ということになっているからだ。

 

 20代最後の日が終わろうとしている。親はこの前、還暦を迎えたらしい。

 時間の流れは容赦なく、全てを寂しくさせていくものだ。というのは、どこかの偉人ではなくさっきわたしが思いついただけの根拠のない言葉だったりする。

 29歳、現在の人生の見通しは、絶望するほど悪くはない。

 数年付き合っている彼氏は、わたしが三十歳になったら結婚しようと言ってくれている(しかしおそらく今の時点で彼の貯金はほぼゼロ)。

 来月にはようやく部署のお局が退職するので、そのポストにわたしが収まる段取りにもなっている(ここ毎日の引き継ぎ業務で使う神経といったら半端ない)。

 誕生日の明日は土曜日だが、午前中は休日出勤で潰れることが決定している。だから今夜はあんまり、夜更かしはできない。

 

 23時45分。

 それっぽく感慨に浸ろうと試みたが、半年程前からこの瞬間が来ることに震え怯えていたせいで、気持ちはすっかりサーティーである。もういいから、早く来てくれ。という思いがかなり強い。

 

 23時52分。

 暇なのでこれを気に、清算してしまいたいことを考えてみる。

 まずは煙草をやめよう。もう本格的なアンチエイジングを始めた方がいいだろうし。今の彼氏はどうだろう。今年中の結婚は無理そうだ。なんなら一生無理かもしれない。ファストファッションの店で洋服を買うのも、卒業だな……。

 後はなにがあるだろう。

 

 23時58分。

 わたしは携帯のデジタル時計の表示を見つめながら考えた。これから清算するもの。実は最初から心に決めてある。

 

 電話が鳴った。

 「はいはい」

 「はあい、恒例のハッピバースデー」

 やる気のない声が帰ってくる。

 「ついに来たよ」

 「おお、こわ」

 まだ誕生日を迎えていない三浦は、笑いながらそう言った。

 「最近どう」

 とりあえずわたしは訊いた。

 「まあ、こんなもんかなって感じかな」

 「同じく」

 「だろうね」

 この一切気を使わない空気感は嫌ではないのだけど、わたしはいつもの苛立ちを感じていた。

 「三浦、ちょっと聞いてよ」

 「なになに突然」

 「もう今後は誕生日の電話、いらないよ。わたしからも、掛けない」

 少しの間があった。

 「それはどういった理由?」

 「清算だよ」

 「ふーん、そっかあ……」

 三浦の声から感情を読み取ることは出来なかったが、だいたいどんな顔をしているかは想像がついた。

 また少しの間があって、三浦が先に口を開いた。

 「わたし達小学校からの付き合いでしょ」

 「そうだね」

 「でも根本的にそりが合わないよね」

 「本当にね」

 「なんでここまで来たんだろう?」

 「まあ、縁だけはあるんじゃない」

 少し心地悪さを感じて、さっきやめると誓った煙草に手を伸ばした。

 いつまでもだらだら話していてもしょうがない、わたしはついに核心をつくことにした。

 「三浦はわたしのこと嫌いでしょ」

 「えっ、うん」

 「そしてわたしも三浦が嫌い」

 「うーん。知ってる」

 「だからおしまいってこと」

 「まあ、残念だけどあんたがそうしたいんだったら」

 三浦はそう言うものの、全く残念さは感じられなかった。わたしはさっさと終わらせたくなった。

 「じゃ、切るね」

 「冷たい女だなあ」

 「言いたいことは言ったし」

 「わたしは言ってない」

 「なんかあるの?」

 「ちょっと待って」

 わりと真剣に考えているらしい。わたしは待ってやることにした。ややあって彼女は、口癖である「まあ」で切りだしてきた。

 「あれだな。ちょっと寂しくなるね」

 三浦の声は、本当に少し寂しそうに聞こえた。

 「時間とは全てにそういうものだから」

 「なにそれ、なんか気持ちわる」

 三浦が笑った。わたしは苛ついた。

 「じゃ。それなら、元気でね」

 「ばいばい、三浦」

 「ばいばい。またね」

 電話は余韻もなく切られた。

 またね、じゃないだろう。またはないのだから。多分勢いで言ってしまったのだろう。ばかじゃないのか。

 「中途半端なことするんだから」

 わたしは灰皿に煙草を押し付けながら、舌打ちした。

 最後にらしくなく湿っぽいこと言うから、なんだかわたしまで寂しくなってきたじゃないか。

 それを紛らわすために彼氏に電話をかけようと思い立ち、発信ボタンを押した。 

 

 「はあい、もう絶交ごっこやめたの?」

 「げ、間違えた」

 「なにー?」

 「履歴から彼にかけたら間違えたの」

 「えー?まあ、そういうことにしといてあげてもいいけど」

 三浦が笑った。わたしは苛ついた。 

 

 わたしは三浦が嫌いだ。

 そして三浦もわたしが嫌いだ。

 わたし達は、親友ということになっている。

 これはやっぱり、大変な悲劇だと言える。

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