七子さんの【黒いハイヒール/朝/憂鬱】

七子さんの憂鬱

 七子さんには大きな不満はありません。

 けれど、こんなはずじゃないのになと思うことがあるのです。

 だからといって七子さんに具体的な人生プランがあるというわけでもありません。

 希望はすべて叶ってきたわけもなく、まったく叶わなかったわけでもなく。

 まあこんなものかなと納得できるレベルで、いつだってほんの少し足りないのです。

 一日の疲れを落として布団にもぐり込んだ後、七子さんはふと未来が重たいなと思います。

 そして相変わらずであるだろう明日にそれなりにうんざりしながら、ちょっぴりの期待を込めて目を閉じるのです。

 そんな生活に、七子さんは大きな不満はありません。

 

七子さんの朝

 七子さんは珍しく早起きしたのです。

 5分おきに30分鳴り続けるようセットしている目覚ましの2回目で起きるという快挙を成しとげました。

 いつもよりてきぱきと身支度を終わらせ、時間が余ったので朝ごはんでもつくろうかと気まぐれまで発揮しました。

 冷蔵庫をあけるとたまたま卵が残っていたので、それで目玉焼きを作りながら買い置きのチンするごはんをチンするだけでしたが、朝からゆっくり食事をできる幸せを見つけてしまった七子さんは、明日からは毎日朝ごはんを作ることにしようと決めました。

 のん気に洗い物までしているとぎりぎりの時間になってしまい、少し慌てて七子さんは家を飛び出しました。

 駅までの道でいつものコンビニの前を通ると、ウィンドウ越しにいつものおじいちゃん店員と目があいました。

 このおじいちゃん店員は毎朝あわただしくレジにおにぎりを持ってくる七子さんに、よぼくれた、もたもた、たどたどしい接客で癒しと焦りを与えてくれるのです。

 おじいちゃんがにっこりと下の前歯のない笑顔を向けてきました。

 七子さんは仕方なくコンビニに入り、いつものようにおにぎりを買っていつものように癒されつつもいらいらし、買ってしまってはしかたないと歩きながらおにぎりを食べ、そしていつもの電車に乗り遅れました。

 

七子さんの黒いハイヒール

 たまの晴れに晴れたお休みの日、七子さんは急に掃除を思い立ちました。

 普段見て見ぬふりをしている埃や汚れをせっせと綺麗にしていると、充実感がこみあげて有意義な休日を過ごしていることを実感します。

 窓を開けるとぽかぽかの日差しの匂いを乗せた風が入り込み、七子さんは興に乗って玄関の整理にも手をだすことにしました。

 ご機嫌な七子さんは靴箱をあけました。すると、信じがたいものが目に飛び込んできたのです。

 それは水玉のハイヒールでした。

 元はといえば、七子さんがとっておきの時のために買ったとっておきの黒いハイヒールにカビがはえているのでした。

 うわーっと叫び声をあげながらハイヒールを取り出し、取り返しがつかないことを確認すると七子さんは普段の不精さを呪い、買ったときのお値段を思い出して泣きそうになりました。

 水玉のハイヒールは結局一度もとっておきを迎えられないまま、やけになった七子さんにゴミ袋に放り投げられてしょんぼりしていました。

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