ポテチを盗んだのはどいつだ

 僕のポテチが消えていた。風呂上りに食べようとリビングの机に置いておいた、のりしお味のポテチがきれいになくなっていたのだ。

 キッチンの棚も机の下も、思いつくところは全て3回ずつ探したが見つからない。これは盗みで決まりだろう。

 僕は怒り狂った。三度の飯とポテチを食べるのだけが生きがいの僕から、ポテチを盗むなんて許されない。その罪は計り知れないほど重いのである。犯人は間違いなくこの家の中にいるはずだ。絶対に見つけ出してやる。

「母さん、僕のポテチ知らない?」

 僕はごみ箱の中をがさ入れしながら、まずキッチンで片づけをしている母に声をかけた。

「知らないわよ」

「あっちの机に置いておいたらなくなったんだ。食べてない?」

「食べるわけないでしょ」

 まあ、そうだろう。ここは大人しく引き下がる。母はかなりの健康志向だ。ポテチを食べる可能性は極めて低い。

「じゃあ、誰か食べてるのを見なかった」

「知らないったら。お腹が空いたなら冷凍庫にアイスがあるからそれでも食べてなさいよ」

 母の声に苛立ちが混じる。これ以上の聞き込みは危険のようだ。僕は素直に「わかった」と頷いて、アイスのチョコバーを取りだして食べながら考えた。

 犯人はきっと母に気づかれないよう袋ごと持ち去ったのだろう。だとすれば犯人の部屋に証拠が隠されていると見て間違いないか。

 アイスを食べ終えた僕はもっとも怪しい容疑者の元へ向かった。

「姉ちゃん入るよ」

 僕は返事を待たずに扉を開けた。もしかしたら決定的な現場を押さえられるかもしれないと思ったのだ。

「うわっ、ノックぐらいしろ」

 姉は鏡に向かって変な顔でまゆ毛を抜いている最中で、それを目撃してしまった僕を思い切り睨みつけた。いつもはひるむ僕だけど、今日ばかりは強気に行かせてもらう。

「僕のポテチ食べたでしょ」

「はあ?知らないよ、デブ。あんたと違ってあんなカロリー高いもの食べないから」

 姉はさらっと悪口をいって腕組をする。でも僕はめげない。

「捜索させてもらう」

 つかつかと歩き姉の側にあるごみ箱を掴みひっくり返す、しゃがみこんでくまなくチェックした。

 ふむ、ここにはないみたいだ。

「ふざけんなお前」

 姉の足蹴りがこめかみにヒットする。僕は床を転げ回った。

「ほんっと気持ち悪い。さっさと出ていけ!あ、ちゃんとそれ片づけろ」

 その後も執拗に暴言を浴びせられる。罵詈雑言を吐くという言葉はこの姉にこそふさわしい、なんて思いながらごみ箱を片づけて逃げるように部屋を出た。そう言えば姉は少し前に、ニキビができるからお菓子なんか食べない、と言っていた気がする。つまり近日中に姉の顔にニキビが出現したら、黒で決まりだ。とりあえず、今は最有力容疑者ということにしておこう。

 よし、次は……。

 もう一度リビングに向かうと父がテレビの深夜番組をげらげら笑いながら観ていた。近づいて注意深く観察する。

「おい、前に立つなよ。見えないだろ」

 そう父が口を開いた時、僕はかっと目を見開いた。父の歯にはしっかり青のりがついていたのである。

「父さんが犯人か!」

「なんのことだよ」

「僕のポテチだよ!のりしお味!その歯についている青のりが動かぬ証拠だ」

 父は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに腹を抱えて笑いだした。笑うたびに歯に着いた青のりが見え隠れする。

「そりゃ勘違いだ。同僚たちとお好み焼き屋に寄って来たからそのせいだよ」

「本当に?」

 疑わしげな目を僕が向けていると「いい加減にしなさい」と母があきらかに怒気を含んだ声を発しながらキッチンから出てきた。

「お父さんはあんたが騒ぎ出すより後に帰って来たわよ。それにそうやって食べ物に執着するのは卑しいからやめなさい。お父さんも青のりつけたまま外を歩くのはよしなさい」

 母のいうことはもっともだ。だけど、僕のポテチにかける情熱をちっとも理解していないからそんなことが言えるのだ。もう引き返せない。僕の大事なポテチを食べた犯人を突き止めるまでは、誰も僕を止めることなんてできやしないぞ。

 僕はリビングを飛び出した。

 洗面所からじいちゃんとばあちゃんが談笑している声が聞こえる。優しいじいちゃんとばあちゃんを疑いたくはないが、容疑は可能性のある全人物にかけなければならない。

「じいちゃん、ばあちゃん!僕のポテチ食べなかった!」

 2人は驚いたように梅干しみたいな口を僕に向ける。

「しょんなもん、知らにいよ」

 もごもごとじいちゃんが言う、ばあちゃんが横で頷いた。2人揃って入れ歯を入念に洗っている。仲のいいじいちゃんとばあちゃんだと思っていたが、ここまで来ると少し引く。

「そうだよね……」

 当然だ。じいちゃんとばあちゃんはありえないだろう。でもこれで、この家の人間全てを捜査したのに真実にせまれなかった。僕はがくりと視線を落としてうなだれた。その目線の先でとんでもない光景に出会う。それは、ニャゴニャゴ言いながらポテチの空袋を引っ張って廊下を歩いている猫のサスケの姿だった。

「まさか、お前かっ?」

 大声を出すとサスケはちらりと僕を一瞥して空袋を舐めた。ばあちゃんが「こらっ」とサスケから空袋を取り上げる。

 僕はサスケを抱えて口の周りを確認した。べったりと青のりがついている。

「お前が犯人か、この泥棒猫め……」

 サスケは不満そうに喉をならして、助けを求めるようにじいちゃんとばあちゃんに向かって鳴いた。

 

 こうして僕のポテチ盗難騒動はあっさりと幕を降ろした。顛末を知った母と姉にこれでもかとボロクソに罵倒され、新しいポテチを買いに行く気力もそがれてふて寝する。

 次の日、目が覚めると身体がポテチを猛烈に求めていた。休日だったから飛び起きてすぐに近くのコンビニに走る。一刻も早くポテチを摂取しなければ、コーラもつけなければ、大変なことになってしまうかもしれない。

 息を切らせて入店し、真っ直ぐにポテチの置いてある棚に向かう。そこで意外な人物にはち合わせた。

「じいちゃんとばあちゃん、なにやってんだ?」

 2人は両手にいっぱいのポテチを抱えていた。見つかってしまった、というような罰の悪い顔をしている。

「あんなに欲しがってたから、たくさん買ってやろうと思ってな」

 慌てたようにじいちゃんが言う。ばあちゃんが隣で何度も頷く。2人の視線はせわしなく動いている。

 冷静に考えれば、いくらなんでも猫が袋をあけてポテチを間食するなんて無茶な推理である。こんな当たり前のことに気が付けないなんて、ポテチが欠乏している状態は脳にも被害を及ぼしていたようだ。

「それ全部、買ってくれるの?」と僕が言うと

「……おお!いくらでも買ってやるぞ。いろんな味を買っていいぞ」とじいちゃんは息巻いた。

「じゃあ、帰ったら一緒に食べ比べしよう」

 ばあちゃんが「やった」と嬉しそうに声をもらした。すぐにしまったと言うように口を押さえる。僕は思わず笑ってしまった。2人もほっとしたように笑った。

「でも、入れ歯は大丈夫?」

 帰り道で僕が聞くと、じいちゃんは「気合で食べる」と力強く言った。それのどこが面白かったのか分からないが、ばあちゃんは「上手いこと言った」みたいな大笑いをする。

 年寄りの心をもわし掴みにするポテチは、やっぱり最強だ。と、僕は改めてポテチへの尊敬の念を強いものにしたのである。

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