桜の大安売り感

 春が来た。桜が咲いた。今年も人々は浮かれて、安易に桜にあやかっている。

 わたしは桜が嫌いだ。もちろん桜は美しい花である。日本の歴史ある立派な花である。問題はそれに便乗する単細胞な輩どもだ。

 春めいてくると、桜が舞ったり散ったりするJポップや物語などがこれでもかと溢れてくる。もう先代がいくつも作ってきたというのに似たりよったりのものを新作だと言い張っている。

 それもそのはず、桜が舞ったり散ったりしている中でありきたりな小さなドラマが起きるだけで(もしくはちょっとおセンチな気分を綴るだけで)簡単にお金になるのだ。人々はたいして頭も使わず、春になると桜を求める。

 そして桜といえば花見。これを忘れてはいけない。真っ昼間から酒を飲み、大騒ぎしながら大量のごみを出す年間行事のことだ。誰ひとり、花なんて見ちゃいない。

 少し都心から離れた公園や緑地にわざわざ出向き、若い兄ちゃんが女の子を引っかけたり、大学生の集団が馬鹿騒ぎしながらバーベキューをしたり、酔っぱらったおじさんがはた迷惑な大声で歌いだしたりする、まさしく公害行事である。

 誤解のないようにもう一度。桜自体は素敵な花なのである。それに便乗して馬鹿をやっても許されると思っている馬鹿どもが、わたしは嫌いなのだ。

 わたしは春だからと言って、ちょうど彼氏に振られた寂しさを桜が散っていく様に重ねたり、やけくそにナンパに当たってみようかと花見会場に足を運んだり、かなりメロディが好みでも流行りの桜ソングを口ずさんだりはしない。だってそんなの安っぽいと思うのだ。

 テレビでは淡いピンクのワンピースをまとったお天気お姉さんが、桜が見頃だとにっこりしている。外はすかっと晴れていた。

「桜でも見に行ったらどうなのよ」

 母がぼさぼさ頭でだらしなくテレビを見ているわたしに、少し憐れそうな目を向けてきた。それにカチンときたから、桜について思っていることを懇切丁寧に論じてやる。「だから、桜は嫌いだ」と。すると母は諭すようにわたしにこう言った。

「桜っていうのは、そういうお馬鹿さん達もひっくるめて引き受けて、期待通りに毎年咲いてくれる器の大きな花なのよ」

 わたしは衝撃を受けた。なにそれ、かっこいいんだけど。

「わたし、桜のこと誤解してた」

「桜はそれすら受けれ入れてくれるわよ」

「そうだよね、すごいなぁ桜」

 わたしは急に花見に行きたくなってきた。新しい気持ちで見る桜はさぞかし綺麗だろう。この前、友達からの誘いを断ったことを後悔した。

「お母さん、お花見行こうよ」

 仕方ないので母を誘う。すると母はあっさり首を横に振った。

「嫌よ、やっぱり馬鹿が集まるから苦手だわ。桜子ひとりで行ってきなさいよ」

 わたしは言葉を失った。もう少しで桜のことが好きになれそうだったのに。ため息をついて2時間サスペンスドラマを見始めたわたしに、母は悪気なく声をかけてくる。わたしはふてくされて答えた。

「行かないの?どうして?」

「どうしてだと思う」

 わたし桜子、19歳。やっぱり桜が大嫌い。

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