栞ちゃんは愛がわからない

 僕は栞ちゃんを愛しているけど、栞ちゃんは違う男の人を愛している。

 それはここ二年の間続いている。栞ちゃんが愛する男の人は一応既婚者で、その人は妻である人を愛しているらしい。

 一応既婚者、という表現をしたのは栞ちゃんだ。それは、その男の人はもうまもなく離婚をするから。もちろん栞ちゃんがそう言うのも、もう二年経つ。

 栞ちゃんはデートの後、必ず僕を呼び出す。寂しくて、寂しくてたまらなくなるんだそうだ。栞ちゃんのデートの後、僕はいつでも駆けつける。彼女が寂しくて寂しくてたまらないのは、放っておけないから。

 栞ちゃんが愛する男の人の妻である人は、亡くなった昔の恋人を愛しているらしい。それでも構わないと男の人は結婚をしたそうだけど、やっぱり辛くて誰かに愛されたくなる、と栞ちゃんの前で泣くのだという。

「かわいそうな人なの」

 夜中に僕を呼び出して、自分はふかふかのベッドで横になった栞ちゃんは言う。

 僕は身体を全部は伸ばせないソファーで、もぞもぞしながら彼女の話しを聞く。

「好きで好きでたまらないのに、その人には別の好きな人がいるなんてさ」

「それなら栞ちゃんだってかわいそうだ」

 僕は無意味に足の親指同士をぶつけながら返した。こうすると、少し気分が落ち着くから。

「そうかもしれない」

「でしょう。もうそんな恋愛やめたら」

 何度目か知れない台詞を今日も言う。そして、「わかってるんだけどね」といういつもの、つまらない返事。

 たぶん、いや、間違いなく栞ちゃんは馬鹿なのだ。どう考えても、その男は君を幸せになんかしてくれないっていうのに。自分を愛してくれない人だと承知の上で結婚したくせに、わがままを言ってるだけじゃないか。もっと言えば、愛することもできないのに結婚したその妻である人も、人の弱みにつけ込んだ悪人だ。

 でも。僕はふと考える。

 例えば、栞ちゃんがその男のことを好きなままで、僕と結婚すると言ったとする。さあ、どうだ。僕はきっと、迷わずイエスと答えるだろう。彼女が他の男のことを熱心に思い続けて報われないのを、かわいそうだと憎めないだろう。それがずっと続いたら、僕も誰かに愛を貰いたくなるかもしれない。それって本当に最悪だ。

 やがて栞ちゃんがぽつりと呟いた。

「わたし、考えすぎて頭がおかしくなりそうだよ」

 そんなの、僕の方が。という言葉を飲み込む。

 栞ちゃんは結局、男の人と同じことをしている。愛する人が愛してくれないから、他の人の愛を利用している。それがどんなに酷なことだか、わかっていながらそうしている。

「愛ってなんだろうね」

 中学生みたいなことを栞ちゃんは質問してくる。

「優しさのことじゃないかな」

 僕は答えたけれど、彼女は納得しない。

「優しさはたまに、冷たくて痛いこともある。だから、優しさは愛じゃない」

「じゃあ、エゴのことだよ。ただの自己満足なんだ」

「自己満足なら、楽な方に逃げるはず。愛はやっぱりエゴじゃない」

 めんどくさいな、と僕は言葉をとぎらせる。僕がそう思ったのを察して、栞ちゃんも黙りこんだ。

 気まずい沈黙。ただ流れていくだけの、何も変えてくれない時間。

 絶対に言わないけれど。

 明日は早くから仕事があるのに、馬鹿な栞ちゃんが寂しいっていうから、電車もない時間にタクシーを飛ばしてのこのこやってくる。他の男の話しを、心がボロボロになっても気の済むまで聞いてあげる。もうこんな思い嫌だと思っても、ちゃんと、ちゃんと利用されにやってくる。

 ねえ栞ちゃん、これを愛と呼ばずになんと呼ぶ。

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