太陽に憧れて

「ヒカルは器量がいいんだが、アカリはなあ。でもアカリには、愛嬌がある。ヒカルはつーんとしていて可愛くはねえなあ。にこりともせん」

 半年に一度、田舎から来るおじいちゃんはいつもわたし達を並べてそう評価した。姉のアカリは「やったあ」とにこにこ笑って、わたしはじっと下を向く。おじいちゃんが来るのが本当に嫌だった。

 アカリは、まるで太陽みたいだ。そうみんなが言う。家でも学校でも、どこでもアカリがいればぱあっと明るくなった。わたしはアカリが好きだった。優しいし、面白いし、あったかいから。両親もひょうきんで茶目っ気のあるアカリに構うことが多かったが、妹ながら当然だと思った。なにせわたしはものすごく口数の少ない子どもだったから。

「ヒカルは本当にお人形さんみたいにきれいだね。お姉ちゃん、こんな妹がいて幸せだなあ」

 アカリはいつもこんなことを言ってくれた。ヒカル、ヒカル、といってとっても可愛がってくれた。

 アカリがみんなに好かれているのはいつも笑って冗談ばかり言っているからだと思っていたが、小学校にあがる頃には姉の本当のすごさにわたしは気がついていた。アカリは人を馬鹿にしたり、傷つけたりする冗談は絶対に言わない。だいたい自分をだしにして相手を笑わせ、いい気分にさせているのだった。また、相手が何を言えば喜ぶか、ということもアカリは本能的にわかっているようで、記憶が残っている幼稚園の時分から母が髪型や口紅の色を変えればいち早く気づいて褒め、父の趣味である庭いじりにも興味を持ち褒めた。

「きれいだね、木がつやつやしてる」

「おお、わかるかアカリ」

 なんて二人が庭で楽しそうに話しているのを、わたしはよく本を読みながら聞いていた。

 アカリはその特技を学校の友達にも先生にも近所の人にも、そしてもちろんわたしにも惜しみなく使った。アカリがわたしを“お人形さんみたいにきれい”だと褒めてくれるのは、わたし自身がそれしか取り柄がないと思っているからだ。愛くるしいアカリと違って、おじいちゃんの言葉を借りれば“暗い”わたしは、みんなから貰えるただひとつの外見に対する評価にしがみついていた。

 まっすぐな髪を腰まで伸ばしよくブラシをかけ、洋服も花柄の上品に見えるものを好み母に買ってもらった。髪がぼさぼさになったり服が汚れたりしないよう、外で無邪気に走りまわるなんてこともほとんどしなかった。それと逆をいくようにアカリはさっぱりとしたショートヘアをなびかせながら、男の子みたいなズボンを履き男の子と外で走り回るのが常だった。大人たちはそんなアカリを見てあらあらと微笑み、男の子も女の子も学年、クラスを越えてしょっちゅうアカリを誘いに家へ来た。

「アカリちゃん。あーそーぼー」

「もっちろん。ねえ、ヒカルも一緒に行っていいかなあ」

 アカリは両親に言われずとも、わたしを遊びにまぜようとしてくれた。だけど子どもというのは素直なもので、露骨にわたしを嫌がった。特に男の子がそうだった。

「えー、ヒカルちゃんあんまり喋んないしなあ。それに服が汚れるからってこの前かくれんぼで隠れなかっただろ」

「そうだよ。なんか冷めちゃうんだよなー」

 男の子にかわるがわるそんなことを言われるとわたしは泣きそうになってしまうのだけれど、そんな時アカリはこう言ってくれるのだった。

「ヒカルは恥ずかしがり屋さんなだけなの。お洋服も大事にしてるだけなんだよ、とっても女の子らしいから」

 アカリが言うと男の子たちも「そんなもんかあ」「お前は全然女の子らしくないよな」と、納得したり憎まれ口を叩いたりする。それにたいして「言ったなあ!」とわざとらしく彼女が怒って見せるとそれが合図で、男の子たちは「わあ、逃げろ!」と騒ぎながら外に駆けだしていく。それを追いかけて出て行く時に、必ずアカリはわたしを振り返った。

「いってらっしゃい。わたしは本を読んでる方が好きだから」

 そう言って手を振ると、少し残念そうに笑って、でもけして無理に誘わずに颯爽と飛び出していく。そばですべて見ていた母が「アカリは本当にいいお姉ちゃんよね」と言う。わたしは頷くし、本当にそう思っていた。

 アカリは太陽みたいにみんな平等に笑顔と優しさを降り注ぐ。みんなアカリが大好き。そんな幼少期だった。

 

 中学生になった頃、わたしはアカリの明るさを少し疎ましく思うようになっていた。自分の引っ込み思案さをアカリがあまりにもうまく振舞うせいだと考えていたのだ。アカリが完璧なせいでわたしは気後れしてしまう。ちやほやされるのはいつもにこにこしているアカリで、だからわたしは自信をなくし、さらに笑えなくなるのだと。

 わたしの卑屈さに拍車をかけたのは、周りの、ことさら男の子達の変化だった。中学生にもなれば、女の子らしい女の子が嫌いだった男の子達もだんだん変わってくる。それまでは“お高くとまった無口な嫌な奴”だったのが“なんだかミステリアスで魅力的な女の子”になるらしい。彼らが密やかに作っている、クラスの美人ランキングでだいぶ上位の方だと知った時には、複雑な気分もありはしたがやはり嬉しかった。その頃からだろうか、わたしは少しずつ自分に自信を持つようになった。

 高校生になるとそれはさらに顕著になり、男の子だけじゃなく先生も、立ち寄ったお店のお兄さんも、電車で乗りあわせたオジサンも、妙に親切にしてくれることが多くなった。成績を少々上乗せしてもらっているようなことを感じたり、他にも人はいたのにわたしに席を譲ってくれたり、他のお客さんより愛想よくしてくれたりするのだ。そしてそれは男の人だけではなかった。道ですれ違ったおばあさんに「あら、きれいなお嬢さん」なんて声をかけられたり、クラス内で流行っている手作り雑貨屋の女性店員さんが「試作だけど」と特別にアクセサリーをおまけしてくれたり、親戚のおばさんたちが口を揃えて「わたしの若い頃にそっくりだわ」なんて言いだしたりと、女の人にも効力を奏した。

 その頃のわたしは、内心では普通の女の子より自分に自信を持つようになっていたから、控えめににこりと返すことができるようになっていた。そうするとみんなが抱いているわたしのイメージを崩さず、評価がさらに上がることも知っていたのだ。

 わたしはよく気づいていた。わたしは人より美しいのだと。例えばアカリよりも何倍も。しかし、アカリがそれでひねることも、太陽の光をかげらすこともなかった。「ヒカルは美人さんでお姉ちゃん鼻が高いわあ」とこれまでと変わらず言うのだった。そこに、口に出された言葉以外の感情を読み取ることはできなかった。

 わたしはアカリのことがだんだん嫌いになっていた。いや、正確に言うと怖かったのだ。自分にほの暗い部分があるせいなのか、裏なんてなさそうないつもにこにこしているアカリには実は感情がすっぽりないんじゃないかと考えることまであった。

 最近ではさらに邪推するようにもなっている。それはアカリが「ヒカルはお月さまみたいに綺麗だねえ」と言うようになったから。通説的な月は太陽がないと輝けないという意味だろうか、と最初は考えたがどうもしっくりこなかったし、やっぱり違うと思った。アカリはみんなの人気者だ、だって彼女は太陽だから。太陽はやっぱりみんなが好きだ、明るいしあったかいから。だからちやほやされ始めたわたし対して『太陽は二ついらいない』そう言いたいんじゃないか。邪魔をするな、と思っているんじゃないか。と、わたしは姉を疑うのだった。明るくもあたたかくもないわたしが太陽になれることなんて絶対にないのだけれど。

 

 田舎のおじいちゃんはだいぶ歳をとって、わたしが中学生の頃には半年に一度来ていたのが一年に一度になり、やがて二年ほど間が空いたかと思っていたら、すっかり来れなくなってついに今日の朝亡くなった。おじいちゃんが死んで、わたしはいけないことだけれどほっとした。知らせを受けてすぐ、両親とアカリと飛行機に乗りおじいちゃんの家へお葬式に向かった。両親はそれなりに暗い顔をしていたが、アカリはいつものように微笑んでいてなんだかぞっとした。

 夕方頃におじいちゃんの家につくと両親は慌ただしく駆け回り始めた。わたし達も少し手伝ったもののすぐに暇になった。どうやら今日はお通夜で明日が式だという。

「ヒカル、ちょっと外を探検してみない?」

 アカリに誘われて外にでると、もう日が暮れ始めていた。そして、驚くことに庭のあちこちに蛍がいる。大量の蛍だ。わたしもアカリも蛍なんて初めて見た。数が多いからか大自然と言うより、安い電飾で単調に飾られたおもちゃっぽいオーナメントみたいだ。

「わあっ、ここには綺麗な水があるんだね」

「そうなの?」

「そうだよ。すごいなあ、綺麗だなあ」

 しばらくわたしたちは偽物みたいな幻想的な光景を見つめた。ぼんやりしていたせいで、わたしは少し現実感をなくしたのかもしれない。いつも心に渦巻いていることが勝手に口から、ぽろりと飛び出た。

「ねえ、お姉ちゃん。どうしていつも笑ってるの。お姉ちゃんは太陽だから?」

 唐突な言葉に、アカリは驚いたようにわたしを見た。その顔はすぐにいつもの微笑みに変わる。

「なにそれ。そりゃあ、楽しいから笑ってるだけだよ」

「でも、今日はおじいちゃんが死んだんだよ」

「そうだね」

「それでも楽しいの?」

「楽しいよ。わたしおじいちゃん嫌いだったもん。ヒカルもそうでしょ?」

 アカリの言い方にはその言葉が持つはずの、悪意がない。たしかにわたしもおじいちゃんは嫌いだった。でも、死んでしまっては、楽しいとか嬉しいとか思えないし言えない。

 わたしが黙っているとアカリは言葉を続けた。

「ヒカルは優しいなあ。かわいいなあ。いいなあ、いいな」

 蛍たちは点滅を計ったように交互に繰り返していた。この妙な空間にアカリも現実感を忘れたのだろうか。声の調子が、表情の様子が微妙に違う気がする、いや絶対違う。本当のアカリが少し出てきているんだ。そんな考えがざくりと頭をさした。急にざわつきだした心が気持ち悪くぐるぐる回ってわたしを急かす、止まらなくなる。

 怖いけど、もっとみたい。太陽みたいな姉の本性を見てやりたい。

「ねえ、お姉ちゃん。わたしのことも嫌いなんでしょ」

「どうして。そんなわけないじゃない」

「本当かな」

「本当よ」

「信じられない」

「……なんでそんなこと言うの」

「わたしが太陽の邪魔をするから」

 とてもまじめに答えたのに、アカリは思いきり吹き出した。

「思いつめた顔してると思ったら、面白いこというなあ。太陽の邪魔って、ヒカルって雲かなにかだったの?」

 アカリはわたしに近づくとそっと手を握ってきた。その行動で、わたしは自分が今にも泣きだしそうな顔をしていることに気がついた。アカリの手はとてもあたたかい。でもごまかされたりしない。まだアカリの本性を見れていないんだから。

「大丈夫、安心して。わたしは月でいいよ、お姉ちゃんは太陽を演じ続けていいよ」

「演じるってなによ。それにどうしてヒカルは月なの?」

「太陽は二ついらないから。お姉ちゃんがそう思ってるから」

 言ってしまった。真実を。うす暗い、太陽の真実を。

意を決してアカリの顔を見ると、なんということだろう、拍子抜けするほどまぬけな顔をしていた。まぬけな顔っていうのは、ぽかんとしつつものすごく心配そうな顔のこと。

「よくわかんないけど別にいいじゃん、太陽が二つあっても。そっちのほうが明るいし、あったかいし、よさそうじゃない?」

 アカリは笑った。その笑顔で、目の前を飛んでいった光らない蛍がぱちんとはじけた気がした。アカリはいつもの通り笑っている。わたしの心がひどく曇っていただけで、姉はいつもちゃんと太陽だったのかもしれない。

「そろそろお通夜始まりそうだね、戻ろうか」

「あ、うん」

 わたしにとっては大変な思いだったのに、アカリはなんてことない話をした後みたいに軽やかな足取りで戻っていく。

「あーあ、お通夜楽しみー」

 アカリはいたずら気にわたしにウィンクを寄こした。太陽にも少し裏があったことに、やはり暗さを持ち合わせているわたしは変な安心を感じる。よかった、わたしはアカリが好きでいられる。わたしも少しくらい姉に近づきたい。みんなが好きにならずにはいられない、太陽みたいな女の子になってみたい。もしも偽物でもつらぬき通せば、それは本物だと思う。

 試しにアカリの真似をしてにこにこしながら戻ってみたら、不謹慎だとわたしだけ両親に怒られることになった。太陽への道はまだまだ遠い。

おすすめの記事