友達ごっこはもうおしまい

 ミキコちゃんは残念ながら、あたしのたった一人の友達だ。というか、友達ごっこをしてあげている。五年生の二学期の途中という変な時期に「家庭の事情」でミキコちゃんは転入してきた。そして引っ越してきたミキコちゃん一家は、たまたまあたしの家と同じマンションだった。これが運のつき。あたしとミキコちゃんを強引に引っ張り合わせてしまったんだから。

 ミキコちゃんははっきり言ってやばい子だった。なにがやばいって、そりゃもう全部がやばい。ぼそぼそ声で喋るからなにを言っているんだかわからないし、目の下あたりまで伸びた前髪をわけたりあげたりしないでそのまんまにしているのもやばい。そのくせ洋服はいつも同じ、ふりふりの赤い水玉のワンピースを着ている。でもそれも可愛いのじゃなくて、なんかおばあちゃんが子供の頃に着てたんじゃないの、みたいなワンピース。そんでもってものすごい猫背。勉強はできない、そして運動も。

 五年生にもなったら、自分を素敵な女の子に見せるために努力するべきだと思う。クラスの子の中にはイケてるブランドの服を着てる子もいるし、毎日髪の毛を巻いてきたりする子だっている。そのなかでミキコちゃんは完全に浮いていた。あたしの家だってお金持ちじゃないから、たくさん洋服を買ってもらうことはできないけど、出来るだけ毎日違う洋服の組み合わせを考えたり、ヘアアレンジをしたりしている。つまりミキコちゃんは、あたし達に溶け込む気がなかったのだ。

 当然、ミキコちゃんはいじめられ始めた。べたに物を隠されたり、悪口を言われたり、バイ菌扱いされたり。あたしは参加しこそはしなかったけれど、しょうがないと思っていた。

 そんなある日、突然先生に職員室に呼び出された。

「サオリは優しい子だろ。マンションも同じだし、ミキコと仲良くしてあげてくれないか?」

 肌が黒くて笑顔が爽やかな柳田先生はそう言った。柳田先生はあたし達の担任だ。若くてイケメンでユーモアがあって生徒思いってところが、女子だけじゃなく男子にも評価されている。学校内でも一番人気で、今年は先生のクラスになれてラッキーだと思っていた。そんな先生に特別に呼び出されてお願いされたのだ、あたしは「はい」といい子みたいに返事をしていた。

「さすがだな。頼りにしてるぞ、サオリ」

 柳田先生の白い歯が、まぶしかった。特別扱いは気分がいい。だけどそんな浮かれた気分でいたのも、帰りの会が終わる頃までだった。
 さあ帰ろう、とランドセルを背負って友達のナミちゃんを呼びにいこうとすると、柳田先生が教室中に響く大声でこう言ったのだ。

「ミキコ、サオリが一緒に帰ろうって言ってるぞ!」

 下を向きながら教室から出ていこうとしていたミキコちゃんが、ぴたりと動きを止めた。クラス中の視線があたしに注がれる。先生は秘密のウインクを飛ばしてきたけど、今は特別扱いに喜んでいる場合じゃない。

 静まり返った教室で先生だけがはしゃいで「さあさあ」とあたしの背中を押し、ミキコちゃんの隣に立たせた。

「はい、みんな。帰った、帰った!」

 先生の朗らかな声でみんながぱらぱらと動き出した。あたしは一生懸命ナミちゃんに「違うの」という視線を送った。違うの、これにはわけがあるの。

 だけどナミちゃんはあたしを睨んでから、カズハちゃん達に一緒に帰ろうと声をかけにいってしまった。

 最悪だ。ほんと、これ以上の最悪ってない。

 ミキコちゃんが「行くけど」みたいなことをぼそりと呟いて歩きだした。あたしはどんよりした気持ちで、しかたなく後を追った。

 これがあたしとミキコちゃんの始まり。ナミちゃんに『裏切り者』の烙印を押されたあたしはクラスから『ハブ』を受ける立場になって、ミキコちゃんと過ごすしかなくなった。それは六年生になっても変わらなかった。憎き柳田先生はいらない気を利かせてあたしとミキコちゃんをまた同じクラスにしたし、前のクラスの子があたし達のハブを続行したから。

 ミキコちゃんが六年生になって変わったのは、ださい眼鏡をかけるようになったこととワンピースがラクダ色に変わったこと。それと、あたしの前では少しだけ大きな声で話すようになったことくらいだ。

「ミキコちゃん、帰ろう」

「うん」

 どうせハブされるなら、ミキコちゃんといるより一人でいた方がましだと考えたこともあったけどやっぱり一人は寂しい。中学はお母さんに頼みこんで私立に行くことになっているから、もう少しの辛抱だ。

 ミキコちゃんとたまにぽつぽつと話をしながら、十二月のうす暗い夕方の中を重い足取りで帰る。明日からは待ちに待った冬休みだ。

「サオリちゃんは、違う中学に行っちゃうんだよね」

 ミキコちゃんがあたしの方を見ずに言った。

「そうだよ」

 あたしも自分の靴の先を見ながら答える。

「ちょっと寂しいな」

「ふうん、そっか」

 そう言ってしまってから、さすがにひどかったかなとミキコちゃんを横目で見たけど、たいして気にしている風でもない。

「中学校ではたくさん友達作ってね」

 ミキコちゃんは本当にそう思ってるわけ?と聞きたくなるような感情のこもっていない声で呟いた。

「言われなくても」

「だよね」

 あたしたちは無言で歩いた。マンションにつく。小さなマンションだから階段しかない。あたしは一番上の四階、ミキコちゃんは一階。あたしは階段に足をかけて、いつものように別れの挨拶をした。

「じゃあ、また三学期に」

 いつもミキコちゃんは頷くだけ、だったんだけど今日は違った。

「ねえ、冬休みに遊ばない?」

 あたしはびっくりした。これまで、学校以外で一緒にいたこともないのに。もちろん、お互いの家に行ったこともない。

「わたし、最近トランプ占いを覚えたの。やってあげるよ」

 ミキコちゃんはトランプ占いを覚えたらしい。なんかばば臭い、だけどあたしはミキコちゃんの趣味をはじめて知った。

「あと、夏に採ったクワガタがまだ生きてる。見たくない?」

「それ、ほんと?」

 それはすごい。ちょっと見たい。ミキコちゃんは不安そうに口を歪めてあたしの返事を待っている。

「じゃあ、遊ぼう」

 できるだけ明るく言ったのにミキコちゃんの返事は「うん」だけだった。もっと嬉しそうにできないんだろうか。

「明日いくよ」

「うん」

 次の日のお昼過ぎに、お母さんに持たされたお菓子を持ってミキコちゃんの家に遊びに行った。

「お父さんは仕事だから、自由にどうぞ」

「わかった。お母さんは?」

「お母さんはいないの」

「ふうん、そうなんだ」

 ミキコちゃんにはお母さんがいない。初めて知った。

 ミキコちゃんの部屋はほとんど物がなかった。くたくたのクマのぬいぐるみが頭を下げて、寂しそうに壁にもたれている。なんだかミキコちゃんに似ていると思った。けど、そんなことよりクワガタだ。

「ねえ、早くクワガタ見せてよ」

 あたしが急かすと、ミキコちゃんは少し黙ったあとにこう言った。

「昨日の夜、突然死んじゃったから埋めちゃった」

「嘘でしょ」

 あたしは間抜けな声を出してミキコちゃんの顔を見た。ミキコちゃんの口のはしが面白そうにあがっている。どうやら笑っているらしい。

 最初から嘘ついてたんだ、あたしを呼びたいがためだけに。

 そうとう頭にきたけれど、ミキコちゃんの笑った顔も初めてだったから文句を言うのはやめておいた。

「トランプ占いはちゃんとできる」

 ミキコちゃんが、机の引き出しからマジシャンの人用、みたいなトランプを取りだす。それをたぐりながら、なにを占って欲しいか聞いてきた。

「なんでもいいよ」

 あたしは適当に返事をした。

「じゃあ、わたしとサオリちゃんが本当の友達になれるかどうか占う」

 なんだそれ。でもどんな占い方をするのか気にならなくもない。そう思っていると、ミキコちゃんが説明しだした。

「いい。赤のカードが出たらイエス。黒ならノー」

「それが占い?そんなのあたしでもできるんだけど」

「しっ、黙って。集中する」

 ミキコちゃんは真剣な面持ちでカードをたぐり続ける。やがて、その中から一枚引いて床にふせた。じわじわともったいぶってカードをめくるミキコちゃん。それにいらいらするあたし。

 半分までめくったカードをミキコちゃんは一気に裏返した。カードの色が見える瞬間、あたし達はそろって息を飲んだ。

おすすめの記事