四年二組の反逆者

 四年二組ではスカートが禁止されている。最近このあたりで変質者が頻繁に目撃されているからだ。

 だからといって心配した先生達や親達がスカートを禁止したわけではない。それを決めたのはマリコちゃんである。

 変質者が目撃されたと町内放送が流れた次の日にレイナちゃんはふんわりしたシフォンの(とレイナちゃんが言っていた)薄黄色のワンピースを着てきた。それを見た男子がレイナちゃんをからかったのだ。「変質者に色目使ってんのかよ」なんて言って。でもそれは照れ隠しだったんだと思う。だってシフォンのワンピースはクラスで一番背が高くて一番髪の長いレイナちゃんによく似合っていたし、まさに女の子って感じだったから。レイナちゃんはそれがわかっていたから、違うわよお、なんて笑っていた。彼女には高校生のお姉さんがいるらしくて、そのためか小学生らしくない余裕を見せることがあった。

 男子はなおもレイナちゃんをからかって、髪をひっぱったりスカートをめくるふりをしていたけど、強くひっぱったり本当にめくったりはしなかった。掃除の時間にはワンピースが汚れないように雑巾がけとホウキがけの係を代わってあげる男子もいた。それで、ついにマリコちゃんがキレた。

「このクラスは明日からスカート禁止ね。変質者がうろついてるのにスカートはいてくるなんて信じられない」

 マリコちゃんはクラスで一番力がある。声が大きいし、足が早いし、流行りものを一番に持ってくるから。マリコちゃんの発言は絶対だ。マリコちゃんがスカートが禁止といえば従うほかない。まさに四年二組の女王様だ。スカートをはいてきていた女子は居心地が悪そうに愛想笑いをしてみせた。わたしもそのひとり。先週の日曜日にお母さんに買ってもらったばかりの赤いミニスカートの裾をぎゅっと掴んだ。なんでこんなに目立ちそうなのはいてきちゃったんだろう。

 マリコちゃんはだぼっとしたジーンズを見せつけるようにわざと廊下にあぐらをかいて座りこんだ。慌ててスカート以外の女の子達が真似してあぐらをかく。わたしはなんだか綺麗じゃないな、と思いながらなるべくマリコちゃんの目につかないように教室の隅を何度もホウキではいた。誰もマリコちゃんたちに掃除をしろ、とは言えない。レイナちゃんは困ったような怒ったような顔で床をじっと見ていた。

 

 四年二組でマリコちゃんによるスカート禁止令が発令された次の週に事件は起きた。休日にユイちゃんが家族とのお出かけにスカートをはいているのを、マリコちゃんのグループのひとりに見られてしまったせいらしい。

「反逆者!」

 マリコちゃんは耳をふさいでしまいたくなるようなかなきり声で何度も叫んだ。女子達もそれに同調して、男子までもが節をつけてはやしたてた。はんぎゃくしゃ、はんぎゃくしゃ、はんぎゃくしゃ。

 ユイちゃんは泣きだして、そのまま具合が悪いと保健室に行ったまま早引きしてしまった。

「ずる休み」

 マリコちゃんは口をゆがめて言った。わたしはマリコちゃんってどうしてこうなんだろうとため息をつきたくなった。

 五時間目の授業が終わって日直だったわたしが黒板を消していると、いつの間にかすすっとレイナちゃんが寄ってきた。

「ユイちゃんかわいそうだよね」

 あれからレイナちゃんはスカートをはいていない。長い髪も低い位置でひとつにまとめておだんごにしている。マリコちゃんに目をつけられて、なにかあれば陰口を叩かれているからだ。教室にわたしたちの他に誰もいないことを確認してわたしは「ほんとにね」と頷いた。

「なんでスカートはいたらいけないんだろう。反逆者っていったいなによ。ガキっぽくてやになっちゃう」

「うん、ほんとにね」

 それくらいしか言えなかった。マリコちゃんに逆らうのは怖い。でも、レイナちゃんにどうせマリコちゃんの言いなりなだけのやつだと思われるのも嫌だった。だからこう付け加えた。

「わたしはスカート好きだけど」

 するとレイナちゃんの表情がみるみる明るくなった。

「わたしも!だって女の子だもんね。髪だって長くしたいよね」

 わたしはクラスでレイナちゃんの次に髪が長い。小さく頷くとレイナちゃんは顔を近づけてきて声をひそめた。近くで見るとレイナちゃんはまつげも長かった。

「ねえ、明日二人でスカートはいてこない?二人でやれば平気だって。みんなだってスカートはきたいって言ってるのわたし知ってるもん。わたし達がはいてくればみんなもはいてくるようになるんじゃない」

「そうかな?」

「わかんないけど。でもわたしはスカートがいい」

「うーん、いいよ。そうしよう」

 実はわたしは少し大人っぽいレイナちゃんに憧れていた。わたし達がスカートをはいてきてもクラスの子たちが真似してはいてくるとはとうてい思えない。マリコちゃんはそんなに甘くない。だけどわたしとレイナちゃんは一番の仲良しになれるだろう。ちょっとやりづらくなるかもしれないけど、マリコちゃんが支配するクラスの法律にはもううんざりしていた。

「なんかわたしたちかっこよくない?」

 にやっと口の片方だけをあげて笑うレイナちゃん。マリコちゃんの意地悪い感じとはやっぱり違うよなあ、とわたしは思った。久しぶりに心がはずんでいた。

 

 次の日わたしは赤いスカートをはいて、念入りに髪をとかしてドライヤーでブローまでして登校した。できれば先にレイナちゃんが来てるといいけど。そんなことを思いながら廊下から教室を覗いたわたしは、本当に激しく、もう最高に後悔した。

 なんとレイナちゃんはマリコちゃんがよくはいているようなだぼっとしたジーンズ姿で、おまけに髪を耳より短いショートカットにしてきていたのだ。

「嘘でしょ、レイナちゃん」

 騙された。怒鳴りつけたかったのにかすれた声しかでなかった。レイナちゃんの席の周りには、マリコちゃんをはじめとした女子が群がってきゃあきゃあ騒いでいる。その中にはちゃっかりユイちゃんもいた。

 見事、レイナちゃんは彼女達の仲間入りを果たしたわけだ。そして念には念をいれて代わりの生け贄も準備した。

 誰かがスカートをはいたわたしに気がついた。さざ波のようにひそひそが広がり、そしてぴたりと教室中が静まり返る。

 マリコちゃんが遠目でみてわかる程にぎゅんと眉をつりあげた。頭が真っ白になって血の気が引いていく。耳がおかしくなったみたい、音がなにも聞こえなくなる。は、ん、ぎゃ、く、しゃ。マリコちゃんの歪んだ口が動いた。レイナちゃんが「ごめんね」と片方の口だけでにやっとした。

 ああ、大変なことになった。泣いちゃうかもしれない。その前にすぐ家に引き返す?そう思ったけど、なぜか妙に頭が冷えてきていた。レイナちゃんにはめられた怒りのせいかもしれない。

 わたしはやけになっていた。どうせあとには戻れないんだし。この際だ。反逆者になってやろうじゃないか。

 心が決まったわけじゃないけれど、そのまま立っておくこともできなさそうでわたしは足をふみ出した。髪の毛をわざとらしく大きくはらって教室に入り、できるだけ大股で席につく。どうしよう、なにか投げつけられるかもしれない。だけどしばらくたっても何も起こらない。声も聞こえない。まだ耳がおかしいままなのだろうか?

 怖かったけどぐるりと教室を見渡すとみんな呆然とした顔でわたしを見ていた。マリコちゃんの顔は面白いくらい真っ赤だった。レイナちゃんは何度もまばたきしていた。そして何人かはちょっと尊敬、という目をしていたように思う。気のせいかもしれないけど。

 わたしは前を向いてほおづえをついてみた。足はがくがく震えているけど、案外悪くない気分だ。

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